第95話

松田の無線によって、従業員全員に通達がなされた。

西様ご夫妻を、国賓訪問モードでもてなすようにと。

そのころ、恭弥の両親は、同席している4人の夫妻の前で、浮かない表情をしていた。

とりわけ2人の夫人が、恭弥の母に嫌がらせをしている雰囲気だ。

女性同士で話しながら、恭弥の母に話を振る。

「私の話、つまらない?」

「顔につまらないって書いてあるわよ」

恭弥の母は、「つい聞き入ってたのよ」と適当にごまかしてその場をやり過ごそうとした。

「さっき久美子が、旦那さんのシャツを汚したのが気に入らないの? 根に持つタイプなのね」

「弁償してあげるわよ。シャツ一枚くらいで、みっともないわね」

恭弥の母に嫌味を言った2人は、示し合わせたかのようにこう続ける。

「花恋にとっては高いシャツなのよ。私たちとは金銭感覚が違うんだから」

「そうよね」

クスクス、ホホホ、と下品な笑みを浮かべる夫人たち。

夫人の話を聞いている旦那2人も、ここで下卑た笑いに参加した。

ケラケラ、プハハハ、クスクス…

恭弥の父は、拳を握りしめ、表情をしかめてこの場を耐えていた。

そこへ松田登場。

「お楽しみ中、失礼いたします。西様ご夫妻でいらっしゃいますか?」

松田の身なりを見た2人の夫人は、明らかにホテルの上役だと見てとった。

松田はいきなり、西夫妻に頭を下げて詫びを入れる。

「当ホテルの総支配人、松田と申します。いらっしゃったことに気づかず、申し訳ございません」

さらに松田は、おもてなしが行き届いていなかったことに詫びを入れ、レストランの支配人を呼んで叱りつけた。

「国賓レベルのお客様は、丁重におもてなしするよう伝えてあるでしょう」

松田はレストランの支配人に対し、この叱りつけは演技であることを、めくばせして伝えていた。

「西様お夫妻にこんなおもてなしをするなんて、言語道断です。座席から料理まで、お2人に合わせて変更してください」

松田の意を読み取ったレストランの支配人は、頭を下げて詫びを入れ、即座に動き出す。

いっぽう、嫌味な2人の夫人は、西夫妻が国賓レベルと聞いて、驚きを隠せないでいた。

別室に案内された6人。

テーブルも椅子も食器もゴージャスに整えられ、例の嫌味な4人もかなり驚いていた。

松田は、恭弥の父に、汚れたシャツの交換を申し出た。

おしぼりを持ってきれくれるのかな、と恭弥の父が思った次の瞬間。

恭弥の父の前には、とびっきり上物のシャツが何種類も、ハンガーラックにかけられて用意されていた。

「お好きなシャツをお選びください」という松田。

しかし恭弥の父は、「吹くだけで大丈夫ですから」と遠慮した。

松田は引き下がらない。

「VIPのお客様の品位をお守りすることも、我々の仕事です。ご遠慮なくお選びください」

それならと、恭弥の父は、今着ている水色のシャツと似た一着を申し込んだ。

父が着替えに向かう間、残された母の背中では、夫人2人が何やらひそひそ噂を始めていた。

父が戻り、母と並んで着席する。

突然のVIP待遇に、夫婦揃ってやや困惑気味の表情だ。

「お待たせいたしました」という声とともに、テーブルに並べられたのは、とんでもなくゴージャスな料理の数々。

ワインから肉料理まで、嫌味な4人も目を向くほどの最高級な逸品がずらり。

直後、すたすたと部屋に入ってきた4人の音楽隊が、バイオリンの演奏をし始めた。

部屋の中に、優雅な旋律が鳴り響く。

「ハイドンの弦楽四重奏曲第67番『ひばり』でございます」と、女性スタッフが曲を紹介する。

リクエストにも対応いたします、とも。

嫌味な夫人の1人が、「このホテルを買収したの?」と恭弥の母に尋ねた。

「人違いじゃないかしら」と、もう1人の夫人が言う。「花恋たちがVIPなわけないわ」

すると松田が、説明不足だったことを謝りながら、この待遇の理由を説明し始めた。

「お2人は恭弥様のご両親でいらっしゃいますよね?」

「はい、私たちの息子です」と母。

「恭弥様は、このホテルのほかに、我々の親会社のVIPでもあります。恭弥様のご両親をおもてなしするのは、当然のことなのです」

腑に落ちない嫌味な夫人は、「あなたの息子、何者なの?」と尋ねる。

「ただの高校生よ」と母。

「ただの高校生がVIPなわけないでしょ?」

そこへ、黒いスーツに身を包んだ恭弥が姿を現した。

すぐ後ろには、ミシェルの姿もある。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました