松田の無線によって、従業員全員に通達がなされた。
西様ご夫妻を、国賓訪問モードでもてなすようにと。
そのころ、恭弥の両親は、同席している4人の夫妻の前で、浮かない表情をしていた。
とりわけ2人の夫人が、恭弥の母に嫌がらせをしている雰囲気だ。
女性同士で話しながら、恭弥の母に話を振る。
「私の話、つまらない?」
「顔につまらないって書いてあるわよ」
恭弥の母は、「つい聞き入ってたのよ」と適当にごまかしてその場をやり過ごそうとした。
「さっき久美子が、旦那さんのシャツを汚したのが気に入らないの? 根に持つタイプなのね」
「弁償してあげるわよ。シャツ一枚くらいで、みっともないわね」
恭弥の母に嫌味を言った2人は、示し合わせたかのようにこう続ける。
「花恋にとっては高いシャツなのよ。私たちとは金銭感覚が違うんだから」
「そうよね」
クスクス、ホホホ、と下品な笑みを浮かべる夫人たち。
夫人の話を聞いている旦那2人も、ここで下卑た笑いに参加した。
ケラケラ、プハハハ、クスクス…
恭弥の父は、拳を握りしめ、表情をしかめてこの場を耐えていた。
そこへ松田登場。
「お楽しみ中、失礼いたします。西様ご夫妻でいらっしゃいますか?」
松田の身なりを見た2人の夫人は、明らかにホテルの上役だと見てとった。
松田はいきなり、西夫妻に頭を下げて詫びを入れる。
「当ホテルの総支配人、松田と申します。いらっしゃったことに気づかず、申し訳ございません」
さらに松田は、おもてなしが行き届いていなかったことに詫びを入れ、レストランの支配人を呼んで叱りつけた。
「国賓レベルのお客様は、丁重におもてなしするよう伝えてあるでしょう」
松田はレストランの支配人に対し、この叱りつけは演技であることを、めくばせして伝えていた。
「西様お夫妻にこんなおもてなしをするなんて、言語道断です。座席から料理まで、お2人に合わせて変更してください」
松田の意を読み取ったレストランの支配人は、頭を下げて詫びを入れ、即座に動き出す。
いっぽう、嫌味な2人の夫人は、西夫妻が国賓レベルと聞いて、驚きを隠せないでいた。
別室に案内された6人。
テーブルも椅子も食器もゴージャスに整えられ、例の嫌味な4人もかなり驚いていた。
松田は、恭弥の父に、汚れたシャツの交換を申し出た。
おしぼりを持ってきれくれるのかな、と恭弥の父が思った次の瞬間。
恭弥の父の前には、とびっきり上物のシャツが何種類も、ハンガーラックにかけられて用意されていた。
「お好きなシャツをお選びください」という松田。
しかし恭弥の父は、「吹くだけで大丈夫ですから」と遠慮した。
松田は引き下がらない。
「VIPのお客様の品位をお守りすることも、我々の仕事です。ご遠慮なくお選びください」
それならと、恭弥の父は、今着ている水色のシャツと似た一着を申し込んだ。
父が着替えに向かう間、残された母の背中では、夫人2人が何やらひそひそ噂を始めていた。
父が戻り、母と並んで着席する。
突然のVIP待遇に、夫婦揃ってやや困惑気味の表情だ。
「お待たせいたしました」という声とともに、テーブルに並べられたのは、とんでもなくゴージャスな料理の数々。
ワインから肉料理まで、嫌味な4人も目を向くほどの最高級な逸品がずらり。
直後、すたすたと部屋に入ってきた4人の音楽隊が、バイオリンの演奏をし始めた。
部屋の中に、優雅な旋律が鳴り響く。
「ハイドンの弦楽四重奏曲第67番『ひばり』でございます」と、女性スタッフが曲を紹介する。
リクエストにも対応いたします、とも。
嫌味な夫人の1人が、「このホテルを買収したの?」と恭弥の母に尋ねた。
「人違いじゃないかしら」と、もう1人の夫人が言う。「花恋たちがVIPなわけないわ」
すると松田が、説明不足だったことを謝りながら、この待遇の理由を説明し始めた。
「お2人は恭弥様のご両親でいらっしゃいますよね?」
「はい、私たちの息子です」と母。
「恭弥様は、このホテルのほかに、我々の親会社のVIPでもあります。恭弥様のご両親をおもてなしするのは、当然のことなのです」
腑に落ちない嫌味な夫人は、「あなたの息子、何者なの?」と尋ねる。
「ただの高校生よ」と母。
「ただの高校生がVIPなわけないでしょ?」
そこへ、黒いスーツに身を包んだ恭弥が姿を現した。
すぐ後ろには、ミシェルの姿もある。

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