第106話

疑いの目を向けられていると感じた恭弥だが、物おじすることなく言い放つ。

「ただ運が良かっただけです。ロビーで見かけなかったら、見逃していたでしょう」

ラノックは、葉巻の煙をくゆらせながら黙って聞いていた。

「大使が信じまいと、それが事実です」

言い終えた恭弥は、ラノックの言葉も待たずにすっと席を立った。

硬い表情のまま、去り際に自分の気持ちを言い残す。

「国からの依頼で鉄道の件を頼むつもりでしたが、やはりオレには無理です」

座ったままのラノックに背を向け、そのままドアの方へと去ってゆく。

ドアノブに手をかけたところで、背中から声をかけられた。

恭弥のは以後まで来ていたラノックは軽く詫びを入れ、自分の立場上、仕方のない質問だったと弁明した。

「わかってます」と恭弥。

しかし心では、そっちの都合だろ、と反発していた。

恭弥は去ろうとしたが、ラノックはそれを引き留めた。

「私は、日本のホットラインはムッシュ西がいいと思っている。各国にあるホットラインを、私は友と呼んでいる」

恭弥の手を握ったラノックは、「君も友になってくれ」と言った。

恭弥は苦笑いしながら、こう思った。

フランス人ってのは、よく平気でそんな小っ恥ずかしいセリフを…

ラノックはその場で、日本にも鉄道を繋げると宣言した。

思わぬ形で国からの依頼を全うすることになり、恭弥もちょっと驚く。

「君はなんども私の命を救ってくれた。それで十分だよ」

ラノックはその勢いで、恭弥にハグした。

恭弥は青ざめながら、フランス人の大胆さにドン引きしていた。

ルームサービスが届き、2人で食事を楽しむことになった。

肉料理をナイフで捌きながら、日本料理も食べてみたいな、とラノックは言う。

「いつか連れて行ってくれないか?」

「わかりました」

そして話題は、お互いの日常について。

普段は体を鍛えてます、と答えた恭弥は、今度はラノックの趣味について尋ねた。

「スポーツ、とくにゴルフが好きだったんだ」

過去形だったため、恭弥はその点を聞いた。

政治家になってからは、フィールドにも出られなくなってね、とラノック。

ゴルフコースなどの開けた場所では、四方から狙撃される危険性があるためだろう、と恭弥は推測した。

ラノックは、青空の下でゴルフを楽しむ自分をイメージした。

そして軽く、ため息をついた。

話題は変わり、警護の話へ。

「日本での警護は、UBコップに任せたいんだ。君から話を通してくれないか?」

恭弥が承諾すると、ラノックは次の話題に移った。

「シャフランのことだが…」

その名を聞いて、恭弥は表情を厳しくする。

ラノックいわく、現在シャフランは、ロリアムの地下牢で厳しく取り調べを受けている。

どうやらイギリスと取引をしていた可能性がある、ということまで掴んだらしい。

(暗い地下牢で、痩せ細ったシャフランが、荒い呼吸をしながらベッドに横たわっている。)

「生きて出てくることはないだろう…」と、ラノックはワイン片手につぶやいた。

ラノックとの食事を終えた恭弥は、ロビーで黒川に電話を入れた。

黒川の車が到着すると、恭弥は助手席に乗り込む。

開口一番、黒川はエレベーター内の処理は終わっていると告げてきた。

すっかり夜になった道路を走りながら、スパイについての情報を共有する。

「連中がどこの所属なのか、掴めましたか?」と恭弥。

「現時点では、まだです」と黒川。

「ところで、これからどこへ?」

「美術館とでも言っておきましょう」

黒川いわく、そこである人物が恭弥を待っているとのこと。

恭弥もおそらく知っている人物なんじゃないか、と。

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