第89話

都会の夜を、恭弥を乗せた車がひた走る。

駐日フランス大使館に到着し、そのまま車は地下の駐車場へ。

なぜわざわざ地下に停めるのかと疑問を口にしたダエルに、恭弥は持論を述べる。

「この訪問は極秘だからな。人目につかないためだろう」

地下の駐車場に車が停まると、車を降りた恭弥たち。

ラノックの部下が、武器の所持を確認すると言ってきたため、恭弥は少し表情を厳しくした。

しかしそこへ、ラノックが登場。

「それは必要ない。彼らは信頼に足る人物だからな」

ラノックとダエルは初対面のため、恭弥が軽く紹介した。

フランスの偉い人物を前に、たじたじになるダエル。

ラノックに連れられ、まずは大使の部屋に向かうことになった。

テーブルには、まだ注がれていないティーカップが3つ用意されている。

ラノックから、話し始めた。

「君がフランス側の決定に不満があることは承知している。だが、それだけ重要な案件だったというのも理解してくれ」

黙って話を聞く、恭弥。

「私も所詮、国に従う公務員にすぎない」

すると恭弥のほうからも、ラノックに告げた。

「理解してます。でも同じく、大使もこちらの言い分を理解してください」

「もちろんだ。本当に申し訳ない」

そして恭弥は、シャフランの今後について尋ねた。

カップにお茶を注ぎながら、ラノックは答える。

「この大使館では、フランスの要員のほか、多くの日本人職員も仕事をしている。この件が漏れないよう、明日の明け方に送還する」

ラノックは恭弥に、お茶を差し出してくれた。

でも恭弥はそれを断り、まずはシャフランに会うのが先ですと意見を通した。

ため息をつきながらも、ラノックはその意見を受け入れてくれた。

導かれた先には、2人の要員が警護に当たっていた。

2人に下がるよう命じたラノック。

「ですが」と、軽く断ろうとした要員に、ラノックは表情を厳しくして言う。

「これは命令だ」

ラノックがスイッチを押して、部屋の扉を開ける。

中に入り込んだ、恭弥とダエル。

ズボンだけ履いて上半身は何も着ていないシャフランが、ベッドの上に横たわっていた。

酸素吸入器を口につけ、体全体がかなり痩せ細っている。

顔もどことなく、げっそりした様子だ。

手足や胴体などは、鎖などで繋がれてはいなかった。

恭弥を見るなり、シャフランはクククと笑った。

「ついに来たか。俺を殺しに…」

シャフランのセリフを遮るように、「もう充分です」と恭弥は言った。

そしてそのまま部屋を後にした。

恭弥の背中に向け、シャフランは怒鳴る。

「俺を殺しに来たんだろ?」

「殺す価値もない」

シャフランは悔しそうに目を鋭くしたが、体が言うことを聞かないのか、悶えることしかできずにいた。

今回の件について、恭弥たちの協力に改めて礼を言うラノック。

フランスに戻ってからも、恭弥にときどき連絡をくれるという。

情報共有も兼ねて。

そしてラノックは、恭弥にフランス帰化の話を持ちかけてきた。

自分はフランスでは影響力があるから、と。

「お気持ちだけいただきます」と恭弥。

ラノックは少し寂しそうに、しかし納得した様子で、「わかった」と答えた。

その後、車まで見送ってくれたラノックは、握手を求めてきた。

その手をがっしり握った恭弥。

恭弥たちを乗せた車が発進すると、ラノックは少し含みのある表情を浮かべ、フランス語でポツリと呟いた。

「また会おう、ムッシュ西」

運転手に命じ、途中で車を降りた恭弥。

ダエルも一緒に降りて、まだ家まで遠いのにと、ちょっと不平を言ってきた。

「ちょっと歩くたくなってな」と恭弥。

明け方の空は、明るくなりかけている。

大きめの川にかかった橋を、2人でゆっくり歩く。

ダエルは恭弥に、なぜさっきシャフランを殺らなかったのかと聞いてきた。

「ラノックもある程度黙認してたし、殺ろうと思えば殺れたんじゃ?」

「俺にもわからん」と恭弥。

「多分オレは、あいつとやり合って勝ちたかっただけで、抵抗すらできなあいつを殺りたかったわけじゃないのかもな」

ともあれ、戦いは終わった。

これからは気楽に過ごしましょうと、ダエルは言う。

2人並んで川に目を向けると、生まれ変わってからの記憶が溢れ出してきた。

前の体で、戦場で戦ってきたときのこと。

生まれ変わったばかりのころ、元の恭弥がいじめにあっていたこと。

母や美紅やミシェルなど、近しい間柄の女性たち。

スミセンとの格闘や、京極、ラノックとの出会い。

芸能事務所の代表に就任したこと。

首斬り屋との戦い。

ようやく終わったことを実感する恭弥。

ダエルもまた、こんなことを口にした。

「金ならあるんだし、好きなように生きましょう」

「そうだな」
その頃シャフランは、歯を食いしばって悔しがっていた。

恨みに燃え、恭弥の頭に弾丸をぶち込むことを誓いながら。

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